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2007年8月13日 (月)

中国五日目。大足・重慶、波乱万丈

今日はバスに乗ってひたすら移動。成都→重慶、半日のバス旅。途中で大足の石窟群を観光して、重慶からは国内線で桂林へ。

とにかく移動・移動の一日です。

が、最後にものすごいドラマが待ち受けていたり。

 

 

母の具合はいっこうに良くならず、食べ物はおろか、水さえも受け付けず衰弱の一途をたどっていました。

でも成都にいても日本には帰れないので、何が何でも重慶へ。

途中で母の受け入れ先の病院を現地ガイドさんが探していたり、ツアーディレクターさんが相談しているのが聞こえました。

ある程度話がまとまってから私のところにディレクターさんがやってきて、重慶で母を降ろして病院へ向かうということが決まりました。

で、私と妹の選択肢は3つ。

 

1.2人でツアー続行

2.3人で一旦離団して、最終日に広州で合流して帰国(母の回復に関係なく)

3.3人で離団して、退院するまでしばらく中国に留まる(最終日で合流できる可能性もあるが)

 

難しいけれど、どれかを選ばなくちゃいけない。

こんなところでこんな選択を迫られるなんて思わなかった、というのが正直な感想です。

妹とも話し合って、3を選択しました。言葉の通じないところに一人で入院するのは心細いから。

 

これで中国観光も最後か…こんな終わり方をするとは思わなかったな…と思いつつ、大足の観光をしました。

Dscn2860 こちらが大足の宝頂石刻群。

大仏やら人やら牛やらが屋外にぐるりと一周彫ってありました。青色の着色がきれいでした。

中央は吹き抜けになっていて、下はジャングルのような光景。不思議なところだぁ。

昨日まで涼しい高地にいたせいもあって、晴れている下界はとにかく暑かったです。

またしても頭痛に悩まされる姉をよそに、考古学ダイスキな妹は写真を撮りまくっていました。

 

観光を終えて昼食場所のレストランに戻ると、先ほどの「離団」という決定をひっくり返す出来事が起きていました。

なんとツアーの中にお医者さんがいて、母を診察したところ点滴をしたり食べ物を少しずつ食べたりすれば一緒に帰国ができる、と診断してくれたらしいのです。

ディレクターさんが「一緒に帰ろう!!」って言って抱きついてきた時には何事かと思いましたよ…。

 

この出来事を経験してみて、こういう非日常の非常時における「長女」って怖いなって思いました。

妹と相談しつつも決定権は「薄情な」私にあるわけで。

何がベストなのか、一般的にはどう決断するのか。

自分の決断で3人の運命が決まる、といっても過言ではありません。

しかも外国だし。

あー怖かった。

 

再びバスに乗って重慶へ。

重慶はすごい都市でした。

とにかく発展していて、四川省+重慶=日本の総人口(どこかに書いたかな?)。車も人もいっぱい。

盆地で土地が狭いのですが、建築の際の規制がないために上へ上へと建物が伸びています。新宿なんてもんじゃない。

車窓観光だけだったけれど、写真撮っておけばよかったな。

 

Dscn2875_2 夕飯は火鍋料理。

日本で言うしゃぶしゃぶですが、タレも具もヤバイ。

まずタレ。

これは日本人向けに、中央の少量が辛いもの、周りのメインが何かのダシですが、地元の人々はこのタレの位置が逆です。

どれくらい辛いのかって、私のテーブルでは一人しか食べなかったくらいです。

つまり見た目からして手も出せない辛さ。ありえない。

そして具。

なによりもヤバイ。

湯葉や野菜、昆布、お餅しか食べられませんでした。

だって…。

 

アヒルの血

とか

牛の腸の壁

とか

 

ない。

これは食べ物じゃない。

 

中国の人は何でも食べる。

飛んでいるものは飛行機のほか。

四つ足のものは机のほか。

二本足のものは○○のほか。

(↑忘れましたが、「人間」ではありませんでした。ヒエー(゜Д゜:))

 

その通りだと思いました。

 

私のテーブルには威勢のいいチャキチャキ系お姉さんがいて、「ゲテモノ系は誰も食べないわよね!」と言って全て中央の辛いタレに投入(というか廃棄)していました。

た…頼りになるわぁ。

 

 

070813_21440001 夕食後、重慶空港に行きチェックインするも、ここでまた非常事態発生。

私たちの乗る飛行機が台風の影響で引き返してしまい、重慶空港に着いていないんだとか。

こうなってしまうと最早何時に飛ぶのか予測不可能。でも重慶から桂林に向かう飛行機は一日この一本だけ。明日の日程のためにも、夜中になろうが明け方になろうが乗るしかないのです。

休憩のために航空会社からホテルを用意され、その会社の人共々、夜8:50、バスでそこに向かう羽目になりました。

 

ホテルに着き部屋が決まったところで、二日目からお世話になっていたイケメン現地ガイドさんとお別れ。

本当だったら空港でさようならのはずなのに、こんなにも慌ただしく先の見えない状態で別れるとは思いもしませんでした。

Dscn2877 案内された部屋は、きちんとした3人部屋。エキストラベッドじゃない。ちょっと悔しい。が、設備自体はものすごく古かったので悔しさ半減(笑)。

妹と交代でシャワーをして、仮眠…。

 

11時頃にディレクターさんに「飛行機飛びます!!」と起こされ、バスに乗って再び重慶空港へ。

部屋の写真は出発直前に撮ったので汚い(笑)。

 

バスの中で偶然隣に座ったおばさんと話をしていたら、彼女のお子さん達が私&妹と同じ高校に通っていたことが判明。

これはすごい。かなりすごい。こんなこともあるんです中国(関係ないか)。

 

空港では自分の英語力のなさに落胆しつつも、飛行機は深夜0:25に離陸。

無口で無愛想なキャビンアテンダントさんに突然「日本人デスカ?」と聞かれて驚きました。なんで私だけ…?

桂林空港には2:00頃到着し、またまたバスでホテルへ。2:30すぎ、遂にホテル到着。

ふあ~。

 

いや、一日はまだまだ終わらない。

 

もともと、ここ桂林で母を診察してもらう計画だったのです。何時になったって診察してもらいますよ。

半日バスで寝ていたおかげで少し良くなったのに、夜の散々な移動のせいでまた具合が悪化した母。

まずは部屋にお医者さんを呼び診察してもらいました。

その結果、病院で点滴ということになり母&ディレクターさん&現地ガイドさんは病院へ。

ディレクターさんが私たちの部屋にスーツケースを置いて行ったので、鍵もないし帰ってきたら困るだろうと思い私と妹は交代で寝ずに待機。

そろそろかな、と思ってディレクターさんの部屋に何度も電話をかけましたが、待てど暮らせど戻ってくる気配がありません。

しかもこの部屋、ドアベルが壊れていて鳴らないのです。

寝ちゃったらノックされても気付かないかもしれない。

居眠り防止のため、ドアの前に張り込んで待機待機待機…。

妹→おねーちゃんを置いて夢の中へ(T▽T)

 

 

午前4:20、私も寝ることを決意しました。

ちなみにモーニングコールは6:25。

はは。

絶対起きてみせるし。

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